2025年の自民党総裁選に立候補し、若手のホープとして大きな注目を集めた小林鷹之氏。
結果として総裁の座には届きませんでしたが、選挙戦を通じてその存在感を大いに示し、高市新体制では党の政策立案を担う政務調査会長という要職に就任しました。
将来の総理候補との呼び声も高い小林氏ですが、その経歴や人柄、政治家としての実績はどのようなものなのでしょうか。
この記事では、186cmという恵まれた体格や、開成高校から東京大学、ハーバード大学院へと続く輝かしい学歴、そして初代経済安全保障担当大臣として日本の舵取りを担った実績を詳しく解説します。
総裁選出馬の小林鷹之氏はどんな人?
2025年10月4日に行われた自民党総裁選挙における戦いと結果

5人の候補者の一角として総裁選に出馬
小林鷹之氏は、石破茂首相(当時)の退任に伴う自民党総裁選挙に、5人の候補者の一人として立候補しました。
2度目の挑戦となる今回は「穏健な保守」を掲げ、党内の中堅政策通として選挙戦に臨みました。
第1回投票:合計59票を獲得し4位
10月4日に行われた投開票の結果、小林氏は第1回投票で以下の票を獲得しました。
- 国会議員票: 44票
- 党員・党友票: 15票
- 合計: 59票
この結果、小林氏は立候補者5人中4位となり、残念ながら上位2名による決選投票に進むことはできませんでした。
第1回投票では過半数を獲得する候補がおらず、1位の高市早苗氏(183票)と2位の小泉進次郎氏(164票)が決選投票に進みました。
決選投票と新総裁の誕生
決選投票の結果、高市早苗氏が小泉進次郎氏を破り、新たな自民党総裁に選出されました。
選挙後の動向:存在感を示し新体制の要職へ
総裁選では敗れたものの、小林氏は選挙戦を通じてその政策能力と存在感を党内に強く印象付けました。
その結果、選挙後に発足した高市新体制では、党の政策立案の責任者である政務調査会長という要職に起用されることになりました。
総裁選での経験を糧に、党の中核としてさらなる活躍が期待されています。
小林鷹之氏のプロフィールについて
小林之鷹氏は、課題から政界入りし、初代経済安全保障担当大臣を務めた経験を持つ衆議院議員です。
プロフィール概要
勇気: 1974年11月29日
現在の年齢: 50歳(2025年9月現在)
出身地:千葉県市川市(育ちは浦安市)
身長: 186cm
愛称:コバホーク
家族:妻、子供2人
趣味:マラソン(自己ベスト3時間38分)
所属:自由民主党(麻生派)
当選回数:衆議院議員第4期(千葉2区)
輝かしい学歴
小林氏は、国内トップクラスの教育機関を経て、国際的な見識を確立してきました。
小学校: 浦安市立美浜南小学校
中学校・高等学校当時から
政治家を志しており、小学校の卒業文集には「将来、総理大臣になってアフリカの難民を救う」と記していました。
大学: 東京大学法学部
1年間の浪人生活を経て、東京大学文科I類に入学。
大学時代はボート部の活動に情熱を注ぎました、練習と就職活動の時期が重なったことから、とりあえず1年間留年して部活動を全うしました。
大学院: ハーバード大学ケネディ行政大学院議事
録在職中2001年から派遣留学し、2003年に公共経営学修士号を取得しました。
この留学経験が、彼の国際感覚や後の経済安全保障政策への決意の基礎となっています。
困難から政治家への道
エリートエリートとしてのキャリアを経て、長年の夢であった政治の世界へ転身しました。
財務省時代: 1999年に東京大学を卒業後、大蔵省(現財務省)に入って主省しました。
税局で国際通貨問題を担当した後、前述のハーバード大学へ留学。帰国後はアメリカ合衆国日本大使館で一等書記官として勤務するなど、国際金融や外交の最前線で経験を積みました。
政界への挑戦: 2010年、日本を内側から変えたいという強い思いから11年間行った議事省を退職しました。
主な政治と実績
当選後は、安全保障や経済政策の分野で重要な役職を歴任しています。
防衛大臣政務官: 2016年から2017年にかけて、第3次安倍内閣で防衛大臣政務官を務め、日本の防衛政策に深く関わりました。
経済安全保障担当大臣:2021年に発足した岸田内閣で、新設された初代経済安全保障担当大臣が就任した。
サプライチェーンの強靭化や先端技術の流出防止などを目的とする「経済安全保障推進法」の成立に中心的な役割を果たし、その腕が高く評価された。
自由民主党選挙への出馬: 2024年9月、「日本の未来を『先手』でつくる」をキャッチフレーズに、自由民主党選挙への立候補を表明しました。
経済安全保障の知恵を協議し、日本の国力を強化しています。
小林鷹之氏の派閥は?何歳で衆議院選挙に当選したか
小林鷹之氏の政治経歴について、以下のようにまとめました。
初当選時の年齢
小林氏は2012年に行われた第46回衆議院議員総選挙で初当選しました。この時、小林氏は38歳でした(1974年11月29日生まれ)。
現在の当選回数
小林氏は現在4期目の衆議院議員です。
具体的な当選歴は以下の通りです。
このように、小林鷹之氏は二階派に所属し、38歳で初当選を果たし、現在4期目を務めている衆議院議員です。
衆議院議員選挙に初当選は何歳の時ですか?
小林鷹之氏が2012年の第46回衆議院議員総選挙で初当選した時の年齢は38歳でした。
小林氏は1974年11月29日生まれで、初当選した第46回衆議院議員総選挙の投票日は2012年12月16日。この時点で、小林氏は選挙の約2週間前に38歳の誕生日を迎えたばかりでした。
この初当選により、小林氏は千葉2区から自由民主党公認候補として衆議院議員となりました。
当時は財務省を退職して政界に転身したばかりの新人議員でしたが、その後、防衛大臣政務官や経済安全保障担当大臣などの要職を歴任し、現在に至るまで4期連続で当選を重ねています。
小林鷹之氏の経済安全保障担当大臣就任と実績
小林鷹之 経済安保担当大臣 就任記者会見 生中継
小林鷹之氏の経済安全保障担当大臣就任と実績について、以下の情報をまとめました。
経済安全保障担当大臣就任時期
小林氏は2021年10月に経済安全保障担当大臣に就任しました。
※経済安全保障担当大臣は、国家の安全と経済活動のバランスを取りながら、日本の国力向上と国際社会における地位強化を目指す重要な役割です。
就任時の年齢
小林氏は1974年11月29日生まれなので、就任時は46歳でした。
活躍の実績
経済安全保障推進法の策定
小林氏は経済安全保障推進法の策定に中心的な役割を果たしました。この法律は供給網の強化、インフラの安全確保、先端技術の研究開発など4つの柱で構成されています。
自民党内での活動:2020年6月に設置された自民党新国際秩序創造戦略本部の事務局長を務め、経済安全保障に関する定義や概念等の基本的考え方についての提言をまとめました。
国際的な視点:財務省時代の経験や米国滞在経験を活かし、世界における日本の存在感向上を目指しています。
政策立案:経済と安全保障のバランスを重視し、国民の暮らしを豊かにしつつ、国民の命を守る政策立案を行っています。
産業界との対話:経済安全保障政策の実施にあたり、産業界の意見を取り入れ、民間事業者の負担を最小限に抑える努力をしています。
これらの実績から、小林氏は経済安全保障分野において重要な役割を果たし、日本の国力向上と国際社会における地位強化に尽力していることがわかります。
小林鷹之氏、2025年9月自民党総裁選への出馬を表明
2025年9月11日、小林鷹之元経済安全保障担当大臣は、自民党総裁選挙に出馬する意向を正式に表明しました。
16日には改めて記者会見を開き、政策などを詳述する予定です。
茂木敏充前幹事長に続き2人目の出馬表明となり、ポスト石破体制を巡る総裁選が本格的に動き出しました。
「中間層・若者が希望を持てる日本へ」世代交代を訴え
小林氏は出馬表明にあたり、「中間層、若者、現役世代がもっと元気になるような、将来に夢と希望を感じられる日本を作っていきたい。その先頭に立つ覚悟を固めた」と力強く述べました。
自身が「失われた30年」を経験した世代であることに触れ、「これからの若い世代、現役世代に私たちと同じような思いを味わわせることはできない」と強調。
日本の再生に向けた強い責任感をにじませ、世代交代の必要性を訴えました。
経済安全保障を軸に、生活に直結する政策も
初代経済安全保障担当大臣としての実績を前面に押し出す構えです。
外交・安全保障政策のスペシャリストとして、日本の国益を守り抜く姿勢をアピールするとみられます。
同時に、国民生活に直結する課題への取り組みも重視しています。
喫緊の課題である物価高対策については、野党が求める消費税率の引き下げも含め「聖域なく検討する」と述べ、柔軟な姿勢を示しました。
推薦人確保に自信、多数候補の乱戦に挑む
立候補に必要となる国会議員20人の推薦人については、「ハードルは超えられるという実感を持っている」と述べ、確保に自信を見せました。
11日に開催した自身の勉強会には、オンライン参加を含め41人の現職議員が参加しており、一定の支持基盤を固めていることがうかがえます。
今回の総裁選には、すでに意欲を示している高市早苗前経済安保相や林芳正官房長官、小泉進次郎元環境相など複数の有力候補が出馬を準備しており、多数の候補者による論戦となる見通しです。
小林氏が党内でいかに支持を広げ、存在感を示せるかが今後の焦点となります。
小林鷹之氏の家族、奥様、統一教会との関係
現住所や生まれ育った場所など
現住所
小林鷹之氏の現在の住まいは、千葉県八千代市緑が丘2丁目にあります。
出身地と生まれ育った場所
幼少期の居住地
幼少期には浦安市に住んでいたことが分かっています。小林氏は浦安市立美浜南小学校に通っていました。
選挙区との関係
小林鷹之氏は現在、千葉県第2選挙区の衆議院議員を務めています。この選挙区は千葉市花見川区、稲毛区、美浜区を含んでおり、現在の住まいがある八千代市とは異なる地域です。
小林鷹之氏の家族構成と奥様について
家族構成
- 小林鷹之氏本人
- 妻(裕子さん)
- 娘1人(遥夏さん、2024年時点で14歳、中学2年生)
小林鷹之氏の妻は弁護士

小林鷹之氏の奥様について
- 名前: 小林裕子さん
- 年齢: 40代後半(2024年時点)
- 出身: 東京都
- 学歴: 東京大学法学部卒業
- 職業: 元弁護士
小林鷹之氏と裕子さんは東京大学の同級生として出会いました。二人とも東京大学法学部に在籍していました。
小林鷹之氏が大学入学後間もなく、近くにいた裕子さんに声をかけたことがきっかけとなりました。
二人は大学時代から交際を始め、12年間の長い交際期間を経て結婚に至りました。
交際中のエピソード
小林鷹之氏と奥様は東京大学法学部の同級生で、12年半の交際を経て2006年11月に結婚しました。
奥様は東大卒業後、弁護士資格を取得しましたが、現在は仕事を離れ、主婦業や育児に専念しながら政治家である夫を支えています。
2007年に小林鷹之氏がアメリカ合衆国日本大使館への赴任が決まったことをきっかけに結婚し、夫婦で渡米しています。
奥様は選挙活動などでも夫をサポートしており、小林鷹之氏が不在の際には代わりに街頭演説を行うこともあるようです。

小林鷹之氏の父
小林鷹之氏の父親について
- 名前:小林泰芳(こばやし やすよし)
- 生年月日:1942年2月1日
- 出身:香川県三豊市
- 学歴:高瀬高等学校卒業
経歴
小林泰芳氏は、もともとサラリーマンとして働いていたとのこと。商社に勤務していたとされていますが、詳細は不明です。その後、2000年(58歳頃)に株式会社ノダに入社しました。同社は建材製品の製造や輸入、販売を行う会社です。
株式会社ノダでの経歴は以下の通りです。
小林泰芳氏は、息子の鷹之氏が私立開成中学校・高等学校という進学校に通えるほど、高収入のサラリーマンだったと推測されています。また、入社から2年で取締役に就任するなど、仕事の能力が高かったことがうかがえます。
小林泰芳氏は2015年3月28日に73歳で逝去されました。
小林鷹之氏は統一教会と関係がありますか?
小林鷹之氏と旧統一教会との関係について、以下の点が確認できました。
- 2021年7月31日、旧統一教会の関連団体「天宙平和連合(UPF)」が共催する自転車イベント「ピースロード2021 in 北千葉」の開会式に来賓として出席し、あいさつをしました。
- このイベントで参加者らと記念撮影をしたことが報じられています。
- 2018年に旧統一教会の関連団体「千葉県平和大使協議会」主催の「家庭ビジョンフォーラム2018」に祝電を送付したことがあります。
- 小林氏は「選挙の支援依頼や献金を頂いたことはない」と明言しています。
- また、「地元の方々の依頼に対応したが、その団体が現在指摘されているような問題があるとは存じ上げなかった」と説明しています。
- 今後の対応として、「この団体と今後関係を持つつもりはない」と関係の断絶を宣言しています。
以上の情報から、小林鷹之氏は過去に旧統一教会関連団体のイベントに出席や祝電送付などの接点はありましたが、選挙支援や献金の受け取りは否定しており、今後は関係を持たない方針を示しています。
【まとめ】小林鷹之氏はどんな人?身長や学歴、実績、奥様、統一教会との関係は?
以上、小林鷹之氏の経歴や政策、そして首相就任時の日本の変化について詳しく見てきました。
小林氏は49歳という若さながら、経済安全保障担当大臣を務めた経験を持つ実力派政治家です。
「世界から信頼され、必要とされる国を創りたい」という理念のもと、経済と安全保障の両立、科学技術イノベーションの推進、教育改革などを重視しています。
小林氏が首相になれば、日本は経済安全保障を軸とした国際競争力の強化、先端技術開発の加速、グローバルサウス諸国との連携強化など、大きな変革が期待されます。
同時に、憲法改正や防衛力強化といった課題にも積極的に取り組む可能性が高いでしょう。
若手政治家ならではの新しい視点と行動力で、日本の国際的地位向上を目指す小林氏の今後の動向に注目が集まります。


