いま話題のNHK朝ドラ「あんぱん」でも取り上げられたことで、再び注目を集めているのが、「アンパンマン」の生みの親・やなせたかしさんの手書きロゴです。

実は、やなせさんがデザインした筆記体の「mitsukoshi」ロゴは、老舗百貨店・三越の包装紙「華ひらく」に現在も使われ続けています。その柔らかく温かな文字は、三越の上品なイメージと絶妙に調和し、長年愛されてきました。
この記事では、やなせたかしさんがどのような思いでロゴを生み出し、なぜ今もその字体が三越の顔として残り続けているのかを詳しくご紹介します。
また、NHKドラマやアンパンマンとの知られざる関係も交えながら、百貨店の伝統と日本文化に息づくクリエイティブの力をお伝えします。
やなせたかしの手書きロゴが三越の包装紙「華ひらく」に今も残る!

国民的キャラクター「アンパンマン」の生みの親として、世代を超えて広く日本で親しまれている、やなせたかしさん。
漫画家や絵本作家としての顔が有名ですが、実は彼が手がけた「mitsukoshi」のロゴデザインが、今もなお老舗百貨店・三越の包装紙で大切に使われ続けていることをご存じでしょうか。
やなせたかしさんとは?アンパンマンだけではない多彩な才能

やなせたかしさん(1919年~2013年)は、漫画家、詩人、絵本作家、イラストレーターなど、非常に多くの分野でその才能を発揮されたクリエイターです。
なんといっても代表作は、アニメ「それいけ!アンパンマン」です。
この作品は、登場キャラクターの数が世界で最も多いアニメシリーズとして、2009年にギネス世界記録に認定されました(当時のキャラクター数は1,768体)。
現在では2,300を超えるともいわれる個性豊かなキャラクターたちが、今もなお子どもたちに「本当の正義とは何か」を伝え続けています。
しかし、やなせさんの功績はそれだけにとどまりません。パッケージデザインや広告、企業のロゴ制作といった商業デザインの世界でも活躍し、私たちの生活に寄り添う作品を数多く生み出しました。
また、1962年に発表されたNHK「みんなのうた」の名曲『手のひらを太陽に』の作詞を手がけたことでも知られ、童謡の世界にも大きな足跡を残しています。
やなせたかしさんのプロフィール
- 本名:柳瀬 嵩(やなせ たかし)
- 生年月日:1919年2月6日
- 出生地:東京都北区(旧・東京府北豊島郡滝野川町)
- 育ち/ゆかりの地:高知県香美市香北町(父母の郷里であり、幼少期より高知で生活)
- 最終学歴:東京高等工芸学校(現・千葉大学工学部)工芸図案科 卒業
- 経歴:
- デザイナー・編集者(高知新聞社、三越百貨店宣伝部などに勤務)
- 1953年からフリーの漫画家に
- 代表作:『アンパンマン』シリーズ(絵本、アニメの原作者として国民的な人気)
- その他の活動:詩人、作詞家(「手のひらを太陽に」などの作詞も手がける)
- 受賞歴:週刊朝日マンガ賞など受賞多数
- 信条:「人生は喜ばせごっこ」
- 没年月日:2013年10月13日(享年94歳)
紹介文
やなせたかしさん(本名:柳瀬嵩)は、1919年2月6日に東京都北区に生まれ、高知県で育った日本の漫画家・絵本作家・詩人です。
東京高等工芸学校(現・千葉大学工学部)工芸図案科を卒業後、高知新聞社や三越百貨店宣伝部でグラフィックデザインや編集の仕事に携わりました。
その後、フリーの漫画家となり、『アンパンマン』の原作や、「手のひらを太陽に」などの作詞で広く知られています。
代表作は、国民的ヒーロー「アンパンマン」です。1973年に初めて絵本で登場し、1988年にはアニメ「それいけ!アンパンマン」としてテレビ放送も開始されました。
また、「てのひらを太陽に」など童謡の作詞や、雑誌『詩とメルヘン』の編集長など文芸・音楽・舞台にも多彩な才能を発揮しました。
クリエイターとしての活動は多岐にわたり、広告やパッケージデザイン、ロゴ制作も手掛け、特に三越包装紙「華ひらく」のロゴデザインにも携わったことで知られています。
90歳を超えても作品づくりに取り組み、東日本大震災後は復興支援にも尽力しました。
「人間が一番うれしいのは人を喜ばせること」という自身の信条のもと、多くの子どもや大人たちに希望とやさしさを届け続け、2013年10月13日、94歳でその生涯を閉じました。
三越の顔「華ひらく」包装紙の誕生秘話
三越の包装紙「華ひらく」は、日本の百貨店文化を象徴する、誰もが一度は目にしたことのあるデザインではないでしょうか。この包装紙が誕生したのは、今から75年前の1950年(昭和25年)のことです。

この華やかで美しいデザインは、実は洋画家の猪熊弦一郎(いのくま げんいちろう)氏によるものです。猪熊氏が千葉の海岸を散策していた際に、荒波に洗われながらも力強く存在する石の姿に感銘を受け、「人々が石のように強くなってほしい」という戦後復興への願いを込めてデザインしたといわれています。

当初はクリスマス用の包装紙として制作されましたが、その美しさが大変な評判を呼び、翌年から三越全店で常時使用されるようになりました。
贈り物を受け取った人が包みを開くとき、まるで花がパッと開くように見えることから「華ひらく」と名付けられました。
「mitsukoshi」のロゴは、若き日のやなせさんの手書きだった!

では、この「華ひらく」とやなせたかしさんは、どこで繋がるのでしょうか。注目していただきたいのは、包装紙に優雅に配置された筆記体の「mitsukoshi」というロゴです。実はこのロゴこそ、若き日のやなせたかしさんが手がけたものなのです。
やなせさんは1947年(昭和22年)に三越に入社し、宣伝部でグラフィックデザイナーとして勤務していました。猪熊氏の「華ひらく」デザインが採用された際、そのデザインに添えるロゴの制作を担当したのが、社員であったやなせさんだったのです。

「百貨店らしい品格と、人の手の温かみが感じられるように」という想いを込めて、やなせさんはこのロゴを手書きで一文字一文字、丁寧に描き上げました。機械的なフォントにはない、柔らかな曲線としなやかなリズム感を持つこのロゴは、猪熊氏のモダンなデザインに見事に調和し、包装紙全体の品格を一層高める役割を果たしています。
70年以上も愛され続ける手書きロゴの理由
デジタル化が進み、どんな文字もコンピューターで簡単に作り出せる現代において、なぜやなせさんの手書きロゴは70年以上もの長きにわたり、デザインを変えずに使われ続けているのでしょうか。
その最大の理由は、手書きならではの「温もり」と「普遍性」にあります。均一で無機質なデジタルフォントとは異なり、手書きの文字には書き手の息づかいや人間味が宿ります。この「人の温かさ」が、お客様一人ひとりを大切にするという三越のブランドイメージと強く結びついているのですね。
また、やなせさんのデザインしたロゴは、奇をてらうことのない、時代を超えて愛される美しさを持っています。この普遍的なデザインだからこそ、流行に左右されることなく、三越の「伝統」と「信頼」を象徴するアイコンとして、今なお多くの人々に認識され、愛され続けているのです。
贈り物に心を添える「華ひらく」の魅力

「華ひらく」で包まれた贈り物は、ただの商品ではなく、特別な意味を持つようになります。
お中元やお歳暮、入学祝いや結婚祝いなど、人生の大切な節目で交わされる贈り物。その包み紙が「華ひらく」であることは、「三越で選んだ特別な品」であることの証となり、贈る側の心遣いを静かに伝えてくれます。

最近では、この「華ひらく」デザインをあしらったエコバッグやハンカチ、ポーチ、さらには有名ブランドとコラボレーションした限定グッズなども販売されており、包装紙としてだけでなく、デザインそのものが一つのブランドとして愛されています。


やなせたかしさんと三越、そして日本の文化へ
やなせさんは三越を退社後、漫画家として独立し、「アンパンマン」という不朽の名作を生み出しました。一方で、三越は「華ひらく」とやなせさんのロゴを使い続け、日本の贈答文化を彩ってきました。
やなせさんの故郷・高知県には「香美市立やなせたかし記念館(アンパンマンミュージアム)」があり、彼の多彩な作品世界に触れることができます。(※改修工事のため2024年11月5日~2025年3月28日まで休館予定)



このように、やなせさんの創作活動は、一つの場所に留まることなく、様々な形で日本の日常に深く根付いています。
まとめ:やなせたかしの手書きロゴが三越の包装紙「華ひらく」に今も残る!
「アンパンマン」の作者として知られるやなせたかしさんが、実は三越の包装紙「華ひらく」のロゴデザインを手がけていたという事実は、多くの人にとって新鮮な驚きかもしれません。
猪熊弦一郎氏の願いが込められたデザインと、やなせさんの手書きによる温かいロゴ。二人の才能が出会って生まれたこの包装紙は、単なる「包み紙」を超え、戦後の日本に希望を与え、今日まで人々の想いをつなぐ架け橋となってきました。
やなせさんが残した手書きの温もりは、これからも三越の伝統として受け継がれ、私たちの生活や思い出に彩りを添え続けてくれることでしょう。彼の仕事は、アンパンマンや歌、そしてこのロゴのように、日本文化の中に確かに息づき、これからも永く大切にされていくに違いありません。



